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日本にしかない「土地本位制経済」「含み益経営」の末路日本的経営の特色に、土地本位制経済、含み益経営が挙げられる。
企業は、何も努力せずに他人がつくってくれた地価の上昇で資産が増加すること、万一会社の業績が悪化した時はその資産、含み益を差し出して企業経営の回復を図ることを意図して、含み益の増大に努めてきた。 含み益は、企業が資金調達をするときの信用力になり、土地さえあれば担保として安易に資金が調達できた。
しかも含みである間は税金もかからない。 それが土地本位制経済であり、高度経済成長時の日本経済、企業経営を支えてきた原動力だと考えられていた。
企業力の評価において一番肝心なことは、その企業がいかに潜在的な資産力をもっているかであった。 実際には、それは経済力、付加価値を反映しない虚構の資産であり、上げ底経済であるにもかかわらず、日本全体がその虚構を支えてきたのである。
数字で見てみよう。 国民資産は、有形資産の住宅、工場、ビルなどの純固定資産と宅地、農地などの土地資産、それに預貯金、株、債権などの金融資産から形成されている。
一九八五年、バブル経済の前には、金融資産が二二一三兆円、純固定資産が五二八兆円、住宅が一五九兆円、それに土地資産が一〇〇三兆円で、三八二二兆円であった。 この国民資産は、バブル期、地価や株価の上昇で急激に膨らむ。
バブルの頂点の一九九〇年に、金融資産は三六六三兆円、五年間で一・七二倍、土地資産は二三六五兆円で二・四倍に膨らみ、国民資産は一挙に七三石兆円、一・八一倍に膨らんだ計算になる。 この間に実物資産は名目経済成長と同じ一・四四倍にしか増えていない。
この土地資産の異常な上昇が、日本経済がストックの時代に入ったのだという意識をつくってしまった。 資産形成を見れば、国民資産のうち実物資産は、一五%に過ぎず、土地資産が三三%、金融資産が五一%といういびつな形を示している。
日本の住宅資産は、二一八兆円の住宅が二三六五兆円の土地の上に乗っているのであり、本当の資産である建築空間の価値は土地と比べた場合九%に過ぎないということになる。 この資産の金額が虚構であることは、実は計算の仕方からもわかるのである。

土地資産の計算は、日本中の土地面積にそれぞれの地価公示による単価を乗じて算出しているものであり、日本中の土地が公示価格で売れることを意味している。 しかし、日本中の土地が売れるはずもないし、投機の対象になるわけでもない。
これは意味のない計算なのである。 これを実物資産であるとするならば、日本人は平均どのくらいの資産をもっている計算になるのか。
七一三七兆円を一億二五〇〇万人で分配すると国民一人当たり五七〇〇万円になる。 二三六五兆円の土地資産では国民一人当たり一八九〇万円になる。
四人世帯とすると、日本人は全員が平均して二億二八〇〇万円の資産、七五六〇万円の土地資産をもっていることになる。 全員が億万長者であり、資産運用で誰もが働かなくても生活でさることになる。
そんなばかなことはありえない。 個人に換算してこの資産が虚構であれば、日本中の資産が虚構の上ぜ底ということになる。
企業の含み資産についても同じことがいえる。 企業の土地資産の時価を国民経済計算年報の非金融法人企業の金額で、簿価を法人企業統計年報の全産業の金額で計算し比べてみる。

一九八五年当時、土地資産の時価は二五〇兆円、簿価は五〇兆円であったからその差額、含み益は二〇〇兆円という計算になる。 これが、バブルの頂点の一九九〇年に、時価は六五〇兆円であるから、五年で二・六倍に増加し、簿価は一〇〇兆円と二倍に増えている。
含み益は五五〇兆円となり、五年間で二・八倍に増加したことになる。 これは、企業の収益やGDPとは無関係に名目的に増加したものである。
この含み益は日本の国民資産の一部なのであるが、もしこの国民資産が虚構~上げ底であるとするならば、この企業の含み益もまた虚構なのである。 バブルが弾け、一九九五年には、国民資産のうちの土地資産は一七六七兆円に減少、同じく企業の土地資産も五〇〇兆円に縮小して、含み益は三五〇兆円、バブルのピーク時からすると二〇〇兆円も減少している。
所詮、含みは含みにすぎないのであり、収益力によって実現されない限り、その数字は名目的なものに渇きない。 国民資産のうち土地資産が六〇〇兆円、企業の含み益が二〇〇兆円減少したことは、あったものがなくなったわけではない。
あると勝手に思い込んでいたものが、結果的にないとわかっただけのことなのだ。 これを日本経済から八〇〇兆円の資産がなくなった、第二次大戦の被害に相当すると宣伝するのは、全くの誤りである。
日本の土地資産の全額をアメリカ、イギリスと比べてみよう。 日米英の土地資産額を比較すると、一九九四年には日本が一八二三兆円、アメリカが四三六兆円、イギリスが二一・二兆円で、日本の土地資産はアメリカのほぼ四倍であり、イギリスの一六倍ということになる。
一九九〇年には日本は二三六五兆円、アメリカは六八一兆円であったから、日本は、アメリカの三・五倍もの土地資産を保有していたということである。 もしもこの数字をそのまま鵜呑みにするとしたら、日本を売るとアメリカが四つ買えるというばかばかしい計算になる。
土地資産額の名目GDPに対する割合、土地係数で見れば、一九九四年にはアメリカが〇・六に対して日本は三・八、アメリカの土地生産性の六分の一で、収益性で評価した場合には、日本の地価はアメリカの六倍高いということになる。 一九九〇年のバブルの頂点では、日本の土地係数は五・四であったから、アメリカの〇・九のやはり六倍の高さであったと考えることができよう。

日本の土地資産は、収益性とは無縁に評価されたものであり、含み資産というのも収益を反映しない虚構の価値であることは否定できないであろう。 次に、土地と日本人のかかわり、土地意識の変遷を見てみよう。
いわゆる土地神話が日本人の思考に定着したのは、戦後の高度経済成長の時であり、日本人の本性ではないのだ。 もともと日本人の本性は、二宮尊徳を持ち出すまでもなく、勤勉な農民気質を本質としているもので、本来拝金思想や土地本位経済とは無縁であったはずである。
「地価は、経済成長を上回って上昇し続け、決して下がらない。 土地こそ最も有利な資産だし、量両の利殖の手段だ」と思われていたのは、戦後の高度経済成長期の一時的な風潮であった。
地価の動きを戦前の一九三五年から捉えてみよう。 一九三五年の価格を一〇〇とすると、六大都市の市街地価格指数は、第二次世界大戦と戦後の超インフレを背景にしても、一九三五年から一九五五年までのこ〇年間に住宅地で一七四・一、商業地で三〇七・七であった。
この間の消費者物価の二九七・四、卸売物価の三四三・〇に比べても七割程度で、地価の上昇のほうが物価の上昇よりも小さかったのである。 一九五五年からバブル経済の頂点の一九九〇年までの動きでは、住宅地が三七・六、商業地が一二八・九の上昇に対して、名目GNPは、五〇・五、消費者物価指数は五・七であり、消費者物価に比べると住宅地は三八倍もの上昇を示している。

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